謎の独立国家ソマリランド

高野秀行

日本ではすっかり「海賊」というイメージが定着してしまっているソマリア。こうなってしまった背景には、ソマリア沖ならびにアデン湾における海賊行為が国際問題化したことにより海自艦艇が派遣されたという報道から来ているものであるが、ソマリア=海賊というイメージを植え付けられたのは、そもそもソマリアに関する情報がまったく知られていなかったからであろう。実際、その内実はもちろん、ソマリアという国家自体は内戦を経て有名無実化し大きく3つのエリアに分断されているという事実を把握している人は、よほどの国際事情通を除いては皆無に近いのではないだろうか。世界各地の辺境や危険地帯を綴るルポライターとして知られる高野秀行氏が、世界で最も危険な国と言われているソマリアに潜入取材を試みる。

ソマリアと言っても、現在、純粋にひとつの国としての行政機構は存在しない。かつて「アフリカの角」と言われたソマリアはいまや3つに分断しており、いわゆる旧ソマリアであり首都モガディショを抱える南部ソマリア、北部のプントランド、そして北西部のソマリランドが互いを牽制し合いながら割拠している状態だ(実はこれに以外にも少数の武装勢力がそれぞれ独立国家を主張している)。その3つともが特徴的で、南部ソマリアはイスラム原理主義組織の占拠により昼間での武器なしでの歩行がままならならず、プントランドでは海賊行為が野放しにされており、ソマリランドはこれらと正反対に民主主義が浸透した平和国家として存在している。高野氏はそれぞれ、戦国南部ソマリア、海賊国家プントランド、民主主義国家ソマリランドと名付ける。

内戦というと、ルワンダにおけるフツ族とツチ族の民族紛争を想像してしまうが、ソマリアの場合はそれとは性質を異にする。ソマリアは部族社会ではなく氏族社会。どういうことかというと、ソマリア人(正確にはソマリ人)の中で、○○氏や□□氏、△△氏の血縁関係を基にその分家、分分家……に至るまでが強固なネットワークでつながっており、それが村、都市ひいては国家を形成しているのだ。高野氏はこの構造を日本の戦国時代に重ね合わせ、南部ソマリアを源氏、プントランドを平氏、ソマリランドを奥州藤原氏といった具合にあてはめていく。この例えはまったく的外れなものではなく、高野氏がソマリランドに入国する前、日本で知遇を得たソマリ人を通していきなり大統領を紹介されたのも、なんのことはなく同系の氏族のつてだったということであり、現地ではそれがまったくもって普通のこと。自然、高野氏の旅程はソマリの氏族のつながりをたどるものとなった。

高野氏のソマリア行は、2009年と2011年の2回にわたり、1回目はソマリランドのみ、2回目はソマリランド、プントランド、南部ソマリアをめぐる。この間、平和なソマリランドは別として、プントランドと南部ソマリアという“リアル北斗の拳”状態のエリアへの入国に私のようなビビリ症の読者は戦々恐々としてしまうのだが、その緊迫感は是非本書を手にとって実感してほしい。また、ソマリ社会をつくりあげている「氏族」というシステムがどうして内戦を生じさせたのか、どうして海賊を生んだのか、そしてどうしてソマリランドという超優秀民主主義国家を誕生せしめたのか、その妙味も合わせて味わってほしい。本書は実に500ページを超える大作だが、冒険、政治、国際情勢、戦争、文化人類学などの内容が盛りだくさんなので飽きることなく読み通すことができる。マスコミが伝える報道を覆す、文字通り体を張った迫真のルポを堪能してほしい。


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