小惑星探査機 はやぶさの大冒険

山根一眞

2003年5月9日、鹿児島県の内之浦宇宙センターから、小惑星探査機「はやぶさ」を搭載したM-Vロケットが打ち上げられた。「はやぶさ」の使命は、地球から約3億キロ離れた位置に浮かぶ小惑星「イトカワ」に着地し、岩石の破片などを採取し地球に持って帰ってくること。これらの物質は太陽系誕生の謎を探る上でまたとない資料となり、地球のような重力エネルギーが大きな星では46億年前の物質は高温で変成してしまっていて採取できないという。その点、重力が弱い小惑星なら残っている可能性が高く、その中でも、小さいロケットでも行きやすくエネルギーが小さくても行けるという観点から「イトカワ」が選ばれた。JAXAは、5年前に打ち上げた火星探査機「のぞみ」の辛い経験を生かしつつ、世界が注目する一大プロジェクト「はやぶさ」をオペレートする長い日々に乗り出した。

打ち上げ後、「はやぶさ」は機体各部の故障や不具合などを抱えつつも、ほぼ予定通り「イトカワ」に到達する。近距離にまで接近した「はやぶさ」は物質を採取する態勢へ。そして、サンプル採取成功の見込みを得られると、管制室に歓声が沸き上がった。世界初の快挙だ。だが、離陸後に、悪夢が訪れる。化学推進エンジンの燃料が漏れ始め、姿勢制御が不能になってしまったのだ。さらに、その数日後、「はやぶさ」との通信が途絶えてしまった。

本書は、打ち上げからオーストラリア・ウーメラ砂漠への着陸まで、当初想定していた4年間を超える7年間にわたって繰り広げられた「はやぶさ」とJAXAの奮闘を追ったドキュメンタリーだ。著者の山根一眞氏は「はやぶさ」の出発から帰還まで、ほぼ全工程に密着して取材を重ねてきた人であるため、まるでその場で中継しているかのようなリアルな筆致には思わず引き込まれてしまう。また、一般人に馴染みのない専門用語などの説明は、現場の技術者からのインタビューを基に、山根氏が読者代表で尋ねる対話形式で進められるため頭に入りやすい。世界一の運用実績を誇る「イオンエンジン」や、地球の重力を利用して方向転換と加速を行う「スウィングバイ」など、科学オンチの私なら速攻で本を閉じてしまいそうな用語も難なく理解することができた。読後、ちょっとした科学通を気取れたりするのも面白い。

ひっきりなしに発生するトラブルと闘い続け、ついに「はやぶさ」を地球に帰還せしめたJAXA技術者のコメントが興味深い。「うーん、奇跡だとはいいたくないですね。やっぱり努力でしょうね、努力です。とても『おもしろかった』ので、みんな一生懸命努力したんです」「好奇心を持って、『あれができないか、こんなことができるはず』と、おもしろがる心が大切。人工衛星や探査機、ロケットも、おもちゃの開発と同じなんですよ」。こうした大事業を成功させる上で重要なことはモチベーション、それもメンバー全員がそれを共有しているということだ。このところ、オリンピック選手が予選落ちして「楽しかった」と笑うのはけしからんなどという発言が物議を醸しているが、問題は実際にそれを口にするかどうかであり、選手は競技を楽しむべきだと私は思う。技術者もアスリートも“プロフェッショナル”と呼ばれる人たちはきっとそうしているはずだから。


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