ハチドリのひとしずく いま、私にできること

辻 信一

森が燃えている。そこで生活する動物たちが我先にと逃げていく中、ただ一羽のハチドリ、クリキンディだけが、危険を顧みず森と水場の間を行ったり来たりしている。彼は、くちばしで水を運んでは一滴一滴、火の上に落とし続けているのだ。動物たちが「そんなことしていったい何になるんだ」と笑うも、彼は「私は、私にできることをしているだけ」とだけ答え、その小さな消火活動をやめることはなかった。

百ページにも満たない小冊子のような構成のうち、物語はこのたった数行で終わる。あとは地球環境保全のために活動している人たちのインタビュー記事、環境にやさしい生活のすすめといった内容が続く。本書の主人公は、もちろんハチドリのクリキンディであるが、読む人によって自己に投影する面は異なるであろう。つまり、森を燃やす大火は資源を浪費したりゴミを不法投棄したりしても何とも思わない人たち、ハチドリのことを笑う動物は「自分だけよければいい」「自分だけ助かればいい」と思っている人たち、など。

本書が示唆しているのは、当然のこととして、たとえ小さくともハチドリの勇気ある行動が積もり積もって、共感が共感を呼んで大きなムーブメントになるということである。だが、その反面、「他人のことなんて関係ない」「俺こそが正義だ」という利己的かつ非社会的な考え方も周りにじわじわと浸透していき、やがて互いに無関心なコミュニティをつくりだしてしまうということも訴えているのだと思う。「自分にできること」を思い起こすことはもちろん良いことだが、「自分が他人に影響を与えている悪い面」も同時に見つめ直さないと、自身のみならず社会の発展はあり得ないのだと痛感した。


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