駅やスーパーといった公共の場に貼られたポスターを見てふと足を止めることがある。それは往々にして、もともと興味を持っていた内容がフィーチャーされていたからではなく、キャッチコピーと呼ばれる短い言葉に吸い寄せられたからであることが多い。別段興味がなかったにもかかわらず、その言葉を読んだ途端にそこに行ってみたくなったり食べてみたくなったり買ってみたくなったりする。字数にしてほんの10文字か20文字ほどであるのに、こうした短い言葉が数百、数千文字の言葉より雄弁に人の心に訴えかけるのはなぜであろう。コピーライターの佐々木圭一氏が、相手の心を動かす「伝え方」のテクニックを伝授する。
たとえば、人に何かを頼むとき、「ここにサインお願いします」とか「レポートの提出、延期してもらっていいですか」など、自分の願望をストレートに訴えることがほとんどだろう。上下関係や決まり事のうるさい組織内においては事務的に淡々と処理されるであろうが、それはあくまでも許容の範囲内であり、そこからちょっと逸脱したお願いだったらそうはいかないし、ましてや個人と個人の関係だったらなおさらだ。それでも、文字にしてほんの数語付け加えるだけで、そのお願いごとがチカラを持ち始め、相手を動かす原動力となり得る。「あなたのお願いを実現させる答えは、自分の中にない。相手の中にある」。つまり、相手の立場になって、相手のメリットになること、相手が喜ぶことを言葉にするだけで、これまで自分本位だったお願いが180度変わるというのだ。
具体的に、「デートしたいんだけどどう?」より「驚くほど旨いパスタどう?」と切り出したほうが下心がぼやけるし、また「驚くほど旨いパスタの店と、石窯フォカッチャの店どっちがいい?」と選択制にするとそもそもデートの誘いでなくなる(敏感な人なら気づくだろうが)。さらに、「残業お願いできる?」も「君の企画書が刺さるんだよ。お願いできない?」として相手の認められたい欲を満たすことで受け入れてもらったり、「勉強しなさい」は「一緒に勉強しよう」で意図的に共同作業をつくりだすこととなり相手も感化される。こうしたことは小手先のテクニックに思われるかもしれず、相手も察知して結局拒否されることもあるだろう。しかし、私自身の経験からでも、必要なこと以外何も言わない店員より、「いつもありがとうございます」と言い添えてくれる店員から物を買いたいと思うのは明らかで、たとえ小手先でも「伝える」テクニックはやはり少なからぬ結果をもたらしてくれるのだ。
本書では、作者がコピーライターとして培った「伝える」テクニックが紹介されているが、当然のこととして本職の秘術が開陳されているわけではない。ストレートになりがちなお願いに、ひとこと言い添えるだけで相手を動かすという、相手に何かを「伝える」心構えを示してくれていると考えねばならない。要するに、お願いする側も人間であれば、お願いされる側も人間であるということであり、本書で紹介された法則が誰にでも通用すると考えるのは危険すぎるということ。上司に企画書を通すとき「これ読んでください」で伝わらないのはもちろんだが、「餓死する寸前まで頑張りました。読んでください」としても伝わるわけではない。どうしても見てもらいたい書類がある場合は、相手がどういう人か見極めてから伝える言葉を考える必要がある。「あなたのために作りました。読んでください」かもしれないし、「あなたはいつもガミガミしてて嫌いだけど、会社のために頑張りました」かもしれないし、「そうだ、企画書読んでみよう」かもしれないし、ひょっとしたら「読んでください」だけでOKかもしれない。こう考えてみると、テクニックもそうだが、まず相手の気持ちを知ることのほうが「伝える」精度を高める上で重要であることがわかるというものだ。